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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2395号 判決

控訴人 大明林業有限会社

右代表者清算人 久保田半七

右訴訟代理人弁護士 戸塚敬造

被控訴人 木下吉太郎

右訴訟代理人弁護士 長橋勝啓

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人は控訴人に対し金三、〇七四、一一〇円およびこれに対する昭和四〇年一二月一日から右支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。(三)訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および右第二および第三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記一ないし三のとおり付加するほかは原判決書事実らんに記載されたところと同じであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  控訴人は、昭和三七年七月被控訴人と合意のうえ本件請負契約を解除するとともに、右当事者間において約旨にしたがって従来の工事出来高、これに対する支払金等を整理精算した結果、結局、本件過払金を生じたので、本訴においてその返還を求めるものである。

(二)  控訴人の当審における時効に関する主張を争う。

本件過払金返還請求権は、本件請負契約の合意解除による原状回復請求権であって、その性質は不当利得返還請求権であるから、民事上の債権というべきである。

仮りにそうでないとしても、本件過払金は、控訴人が被控訴人の求めに応じて随時被控訴人に対し人夫賃の支払、作業遂行に必要な物資の購入費等にあてさせるため、後日請負工事完了の際に請負代金と差引弁済する旨の暗黙の合意のもとに交付したものであって、いわば貸付金の性質を有するものである。

ところが、その後被控訴人において本件請負工事を完成しなかったので、右当事者間において、本件請負契約を合意解除のうえ、右貸付金の弁済期をじ後控訴人において施行する本件工事が完成あるいは終了したときとする旨の暗黙の合意が成立した。そして、右工事は、その後昭和三八年五月中に終了したので、これと同時に右の弁済期が到来したのである。以上の次第であるから、本件過払金返還請求権は、民事上の債権というべく、仮りにこれが商行為によって生じた債権であるとしても、控訴人は、右の弁済期から起算して五年以内に本件訴を提起したのであるから、これによって消滅時効は中断されたといわなければならない。

二、被控訴人の主張

(一)  控訴人主張の請求原因三の(三)(九)および(一〇)の事実に対する従前の認否を撤回し、右主張事実は全部認める。

(二)  控訴人の当審における右一、(一)の主張事実中、本件請負契約が昭和三七年七月合意解除され、工事出来高、支払金の収支等について精算がなされたことは認めるが、その他の事実は争う。

(三)  仮りに、被控訴人主張の抗弁事実が認められないとしても、本件過払金返還請求権は、本件請負契約の合意解除による原状回復請求権であって、不当利得返還請求権の一種と解すべきであるとしても、基本の本件請負契約が商行為である以上、その実質的効力範囲内の権利ともいうべき右の原状回復請求権たる過払金返還請求権も商行為によって生じた債権と解するのが相当である。ところで、本件過払金返還請求権は、おそくとも昭和三七年八月二〇日までに発生したものであるところ、その弁済期の定めがなかったから、同日から起算して五年後の昭和四二年八月二〇日の経過とともに消滅時効が完成したものというべきであるので、これを援用する。

三、証拠の関係≪省略≫

理由

一、控訴人主張の請求原因一ないし三の事実および本件請負契約が昭和三七年七月控訴人と被控訴人との間において合意解除され、そのころ右当事者間において本件工事の出来高、これに対する支払金等について精算がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そして、右当事者間に争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すると、右精算の結果、被控訴人の本件工事出来高の合計額が一八、八三五、四四六円、これに対する控訴人の支払金の総額が二一、九一〇、五五三円と定まり、差引控訴人の支払金が合計三、〇七五、一〇七円の過払となったことが認められる。

三、そこで、まず被控訴人は、本件請負工事の出来高は、控訴人の自陳する分のほかに、(一)第一東河山林検収受入残材一四、二一八・八一石(一石当り金二〇〇円)および(二)中土場まで運材した残材一、二〇〇石(一石当り金四五〇円)があり、これらはいずれも未清算であるから、この分を右過払金から差し引かれるべきである旨主張するので、この点について判断する。

甲第三号証の一中には、その表面に精算の概要とその結果の記載がありながら、これとは別にその裏面二行目に昭和三七年八月一〇日現在第一東河内山林検収受入残材一四、二一八・八一石、その三行目に「同日現在中土場まで運材したる材積見積約一、二〇〇石」との記載があり、原審証人佐野森三の証言ならびに原審および当審における被控訴人の尋問の結果中には、右甲号証裏面の記載は控訴人の自陳する本件工事出来高外の未精算残材が表示されたものである旨の供述部分があり、いずれも右主張にそうところがあるけれども、右甲号証裏面の記載部分が前記主張事実を認定する資料に供しがたいことは後に説示するとおりであり、また、右の各供述部分は後記各証拠に対比して考えると、いずれも同人らの思い違いによるものと考えられるので採用しがたく、他に前記主張事実を認めるのに足りる証拠はない。

かえって、前記当事者間に争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すると、本件請負契約が昭和三七年七月当事者間で合意解除されるにともない、右当事者間で同年五月二〇日までの間における被控訴人の本件工事出来高、これに対する控訴人の支払金等について清算がなされて同月五日付精算書(甲第二号証の一ないし一〇)が作成され、ついで同年八月二〇日右両者間で最終精算が遂げられて同日付精算書(同第三号証の一ないし四)が作成されたこと、右最終精算の結果、精算書に計上された控訴人の支払金の過払分が前記二、のとおりであったこと(もっとも、甲第三号証の一にはこの過払金が四、〇七二、九七七円であるとの趣旨の記載があるが、これは控訴人の昭和三六年一二月末日までの支払金の合計が七、〇〇四、三七三円であったのに、これを甲第二号証の一にあるように八、〇〇三、二四二円としたための誤算であると認められる。)、前記各精算書にあらわれた総伐採出来高八、二六〇・一三二立方米、被控訴人の控訴人からの引継残伐木分一、七九六・一一一立方米、未検収見積分二三八・八八立方米および一〇〇立方米、以上総計一〇、三九五・一二三立方米から総搬出材積である中土場までの運材分三三四立方米をふくめた六、五〇一・〇五五立方米を差し引くと残材積が三、八九四・〇六八立方米となり、これを甲第三号証の一の裏二行目記載の残材積一四、二一八・八一石(三、九四九・六六九立方米)に比較すると、両者の材積に大差がなく、その差がわずか五五・六〇一立方米に過ぎないことおよび甲第三号証の一の裏二行目記載の中土場まで運材した材積見積約一、二〇〇石は、同号証の一記載の出来高の内訳書である同号証の二記載中の中土場運材見積材積三三四立方米(約一、二〇〇石)に相当すること等の事実が認められ、以上認定の事実に前出控訴会社代表者本人の尋問の結果を合わせ考えると、被控訴人の主張する残材、すなわち前記甲第三号証の一の裏二行目および三行目記載の残材については、前記再度にわたる精算に組み入れられ、これによってすでに清算ずみであり、右甲号証裏面の記載は、右両者間における最終精算に際し工事現場における伐採木の残材状況を明らかにするために表示されたのに過ぎないことが認められるのである。

したがって、被控訴人の前記主張は採用することができない。

四、つぎに、被控訴人は、被控訴人の負担において支払った人夫に対する九五三、九四二円の過払金債権は控訴人の負担において同人がこれを承継するにいたったので、これを本件過払金から差し引かれるべきである旨主張するので、この点について判断する。

前記最終精算時において、被控訴人の負担において支払われた人夫に対する過払金債権の額は九五三、九四二円であったことおよび本件請負契約について被控訴人主張のとおりの約定、すなわち被控訴人が本件請負作業を終った場合には被控訴人が控訴人より引き継いだと同一条件にしたがって山林設備、労務者その債権債務関係を含む労務関係その他一切のものを控訴人に返還、引継がなければならない旨の約定のあったことは、当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫を合わせ考えると、控訴人は本件請負契約の合意解除にともない以後本件工事を被控訴人から引き継いでみずからこれを施行することとなったこと、そこで控訴人は前記最終精算に際し右約定の趣旨にしたがって被控訴人に本件工事を引き継がせた場合と同様に被控訴人から山林設備、予備品、ワイヤーロープその他の資材、燃料、食料品等を買い取るとともに、前記人夫に対する合計九五三、九四二円の過払金債権を自己の負担において承継取得する旨を約したことが認められる。もっとも、最終精算書である甲第三号証の一ないし四によると、右の過払金債権が最終精算の対象とされなかったことがうかがわれるが、これは、その後における人夫の移動等を配慮したために過ぎないと思われるので、このことが必ずしも右認定の妨げとなるものではない。

≪証拠判断省略≫

そうだとすると、被控訴人は、本件請負契約の合意解除により控訴人に対し前記二の過払金三、〇七五、一〇七円中控訴人の主張する三、〇七四、一一〇円から控訴人の負担に帰した右人夫に対する過払金債権承継分九五三、九四二円を差し引いた残余の過払金二、一二〇、一六八円を不当利得として返還すべきものといわなければならない。

五、そこで、被控訴人の消滅時効の主張について判断する。

本件請負契約が控訴会社においてその営業のためにした商行為であることは、≪証拠省略≫に徴してこれを認めることができる。そうだとすると、本件請負契約によって直接生じた債権だけでなく、これとその実質において変りのない同請負契約の合意解除の結果生じた前記過払金返還請求権も(これが控訴人主張のとおり不当利得債権であるとしても)商行為によって生じた債権であると解するのが相当である。

控訴人は、右過払金はいわば貸付金の性質を有すると主張するところ、当事者双方の主張自体からしても右過払金を含む控訴会社から被控訴人への交付金は、本件請負契約に伴う前渡金ともみられ、いわば貸付金であるとみられる余地がないとはいえず、そうとすれば一層当事者双方の営業のためになされた商行為によるものとなり、右過払金の返還債務については商事時効の適用があることになるといわなければならない。

ところで、前記過払金返還請求権は、本件請負契約の合意解除の結果生じたものであって、おそくとも前記最終精算時の昭和三七年八月二〇日までにその発生が確定したものであることは、さきに認定したところから明らかであり、しかも、これについて弁済期の定めのなかったことは、最終精算書である前出甲第三号の一ないし四に≪証拠省略≫に徴してこれをうかがい知ることができる。

控訴人は、右過払金の弁済期は控訴人が請け負った本件工事が完成あるいは終了した時期と定められた旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう部分があるけれども、被控訴人において支払うべきものとされた右過払金返還債務の弁済期をその主張のような時期と定めること自体不自然と思われるばかりでなく、右供述部分も前記各証拠に対比して考えると同人の思い違いか、じ後の一方的な主張に属するものとしか考えられないので採用しがたく、他に右主張事実を認めるのに足りる証拠はないから、右主張も採用できない。

そうだとすると、前記過払金返還請求権は、おそくともその発生の確定した昭和三七年八月二〇日から起算して五年後で本訴提起前の昭和四二年八月二〇日の経過とともに消滅時効が完成し、これによって消滅に帰したものといわなければならない。

果してそうだとすると、右過払金の返還を求める控訴人の本訴請求は失当であって排斥を免れない。

六、よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局において相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 唐松寛 兼子徹夫)

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